地下足袋山中考 NO32
<秋田県自然保護課と北秋田市商工観光課の恥をさらすような「景観破壊論」>

 秋田県北秋田市の森吉山県立自然公園に位置する桃洞・赤水渓谷の景観保護に係る県立自然公園条例の考え方を巡って当協会と県・北秋田市との間で物議を呼んでいる。当協会が2014年までに同渓谷の源流域を周回する沢歩き・沢登りの安全確保のため、ステップやザイル固定用に打込んだ地上高5p足らずのアンカーボルトが「県条例に定める工作物の無断設置で景観破壊だ」と地元沢登りの一人から県自然保護課と秋田テレビに投書があり、県は北秋田市と森林管理署に呼掛け合同現地調査を実施した。同行取材した秋田テレビの現地インタビューに、県自然保護課の織山班長は詳しく精査することも無く、「工作物を無許可で設置し、この様な美しい渓谷の景観を破壊したことは非常に残念である」と答えた姿がテレビ報道(2014.10.15)されたのが発端である。
 当協会は即座に反論。北秋田市と県自然保護課には、全国のクライミングの実態と登攀用具の情報提供を数回にわたって伝えたが、面倒くさい取扱い事例は馬の耳に念仏状態で「岩に打込まれた物は全て許可が必要な工作物である」という杓子定規の見解を繰り返すのみであった。
 現地調査に同行取材したAKT秋田テレビに対しては、報道制作局報道部の三宅部長に面会を求め「ハーケンやアンカーボルト(以下登攀用具)の設置は許可対象となる工作物として取り扱われていないこと。自然保護課のインタビューコメントの報道内容は全く場違いである」と指摘したところ、その場で理解を示し口頭で「不愉快な思いをさせた。」と陳謝(2015.2.18)している。
 県の条例解釈が正しいとするならば、従来の沢登りや岩登りの登攀行為のみならず、各テレビ局で制作している自然番組を全面否定する判断となる。
 本来、工作物の許可行為は、知事の権限に属する事務を委任している北秋田市が対応する事案だが、当初は県も北秋田市もその委任事務の制度すら把握していなかった。その後、当協会は桃洞・赤水渓谷の歴史的利用状況や全国のクライミングの実態に加え、登攀用具に係る他県と環境省サイドの考え方を紹介した意見書を提示(215.3.4)したが、事案に対応できない北秋田市商工観光課サイドは県の誤った指導を最大の拠り所に、自らは情報収集を行うこともなく、当協会に前代未聞の市長名の撤去勧告(2015.7.31付)を送付してきた。
 当協会は、即座に異議を申し立て、5回にわたって協議を重ねてきたが、北秋田市は国定・国立公園の取り扱いを認めようとしない頑固な保身を示している。撤去勧告を引き下げると、行政処分を起案した自らの処分に発展することを恐れてのことだろう。
 わが秋田県の自然保護行政の未熟さをあえて暴露することは、はなはだ残念ではあるが、今年6月に飛騨木曽川国定公園と白山国立公園内でハーケンやアンカーボルトの打ち込みがマスコミ報道され、環境省サイドの考え方が改めて明確にされたことを契機に、登攀用具の取扱いについて正しい情報を公開する物である。健全なクライミング文化と健全な自然公園の利用増進を図るため、この様な事例に対し参考にされたい。(2016.8.31)

<桃洞・赤水渓谷の利用実態>

 桃洞・赤水渓谷一帯は、大正時代から地元の人々が玉川温泉に向かう湯治場街道として、またゼンマイ採りルートを確保するため、沢渕や小滝には数多くのステップを刻み生活の糧にしてきた場所でもある。同渓谷は、小滝と甌穴が連続する箱庭のような渓谷美を形成することから、私たちは「天国の散歩道」と称している。近年、桃洞渓谷から赤水渓谷の源流部を周回する沢遊びルートは、ウオータークライミングの別天地を求め、全国から多くのクライマーたちが入渓している。

 投稿した地元クライマーは、アンカーボルトなど俺には不要である。という技術の誇示があるのだとすればクライマーとしてあるまじき身勝手な主張である。入渓する老若男女のパーティーは様々で、クライマー同士の練度に差があるからだ。同渓谷は深山幽谷の只中に位置し携帯電話も使えず、滑落すれば救助に半日以上の時間を要し、昨年の小又峡のような死亡事故(2人)につながる。スッテプやザイル固定用のハーケンやアンカーボルトの設置は、誰もが容認する安全確保に必要不可欠な登攀行為である。

<環境省サイドの工作物の届出や許可に係る見解と取扱い実態>
 
工作物の設置許可に係る取扱いは、県立・国定・国立公園の別によって、法令の解釈や運用に違いがあってはならない国立公園内の登攀用具の許可実態を環境省サイドに尋ねると@登攀用具は杓子定規に言えば工作物であるが、過去に許可申請された事例はない。A工作物の新築・改築・増築許可は、位置・規模・構造・形態・外部の色彩等と自然景観との関係を個別に精査して決するものであり、渓谷や岩場に打込まれた登攀用具が即、景観破壊であるとの判断はできない。B自然公園法の逐条解説には「工作物とは、各種建築物やダム、橋、鉄塔等人為的労作によって築造される施設をいう」とあり、そもそも規模の大きい建築物や土木的建造物等を想定しているものである。C逐条解説からは、登攀用具がこれらと等しく景観上支障をきたす工作物と判断するにはかなり無理があり、逆に工作物に該当しないと読み取ることもできる。D自然公園法上の風景地の保護とは、山稜線・渓谷美・湿原・植物群落・里地を含むスカイライン上の大風景地の保護を主眼においた公益的景観保護が目的である。渓谷や岩場に打込まれた登攀用具が即、景観破壊であるとの判断は容易にはできない。E沢や岩登りは自己責任で楽しむ世界であり、登山文化として根付いたクライミングに使用する安全対策の登攀用具を規制する考えはない。と極めて明確な見解である。

<その他の環境省自然保護官事務所からの聴き取り情報>
●一般的な工作物の許可判断は、7割以上が申請前の事前調整で判断される。許可には2つの考え方があり、一つは期限が限定されない公園事業等による建築物や構造物。もう一つは、それ以外の小規模の堺杭やペグ類などの撤去が基本な物がある。
●上記の堺杭やペグ類に加え、山小屋組合やガイド団体等が公園内の歩道に設置する鎖、ステップアンカー、鉄梯子、階段工、石畳などの整備は、維持管理と安全確保における軽易な行為として許可対象から除いている。
●もし、バリエーションルートである沢や岩登りルートにクライマーから登攀用具の設置申請があったとしても断わることになる。それは、風致や景観、風景の保護保全の問題ではなく、取付け場所や期間、撤去時期、規模、敷地面積など実態が定まらず申請書の作成が困難であること。設置場所が危険で広範囲に及ぶため設置確認ができない為、事前調査の段階で断わることになる。
●バリエーションルートは一般人は近寄らないまでも、許可すると国がそのルートを許可したことになるため、あえて危険を誘発するような場所への設置許可は、公園の利用計画上(歩道の整備は、高度の登山技術又は深い経験を必要とする専門的なルートは計画してはならない)からできないと考える。
●危険を伴うバリエーションルートであっても、一般登山者に落石等の危険を及ぼすことがない限り、また自然公園法や他の関係法令で利用規制や立入規制がない限り、自然公園区域内の登攀行為は規制ができない。各自が自己責任で安全を確保し、沢や岩登りを楽しんでいるのが公園利用の実態である。したがって、登攀用具は法令解説に照らし合わせても、景観保護に支障をきたす一般的な工作物という取扱はしていない。
●群馬県の谷川岳のように、多発する遭難対策に県条例を定め登攀用具を奨励することはあっても、自己の安全と生命を守るための登攀用具を規制することは、何処の自然保護官事務所でも行っていない。(2016.3.28)


<国定・国立公園の同じような事例>
●今年6月に入り、飛騨木曽川国定公園と白山国立公園の天然記念物指定の巨石群に同じようなハーケンやアンカーボルトの打込み事例がネットニュースやテレビで報道された。岐阜県自然環境保全課及び白山自然保護官事務所と環境省公園課にその取扱いを確認したところ、天然記念物の文化財保護違反の疑いはさて置き、@工作物の規制は、公益的な景観保護であって谷底や足元の風致、景観、風景の保護ではない。Aしたがって、クライミングにおける登攀用具のハーケンやボルト類はこれまでどおり、自然公園法上の工作物の届出、許可対象としない。」と異口同音である。(2016.7.20)

<秋田県自然保護課の判断>
●上記の報道事案を受けて、県自然保護課に対し環境省サイドと岐阜県に取扱い確認を要請したところ、県自然保護課公園担当の歩仁内主査からも、@岐阜県と環境省サイドの考え方は確認している。A県としても、市販されている登攀用具に関しては、国立・国定公園同様に県条例の工作物の届出と許可申請の対象とはしない。旨を確認した。(2016.8.30)
●当時の県自然保護高田課長は、現地調査時の秋田テレビに対する県職員の軽率なコメントはまずかった。貴職に抗議されても仕方がない。2014年当初の前任者の工作物の取り扱いに対する判断は慎重に情報収集すべきであった。北秋田市の観光課長も産業課長も問題解決の当事者能力がないので、撤去勧告は無視してやってほしい。穏便に解決してほしいとの見解に至っている。(2017.3.14)

<北秋田市の対応>

●工作物の許可に係る知事の権限に属する事務を委任している北秋田市だけは、自らの法令判断(撤去勧告)に都合の悪い情報は意図的に収集を行なわず、「県の指導を受けて、工作物の無断設置であるから撤去を勧告しただけである。」との繰り返しを続けている。自らの判断ミスをひた隠し、頬かぶりを続けている姿は誠に無様である。

<森吉山ネイチャー協会の対応>
●登攀用具の設置は「全て工作物の無断設置である。」と無知な主張しているのは、北秋田市のみである。
●したがって、健全な沢歩きと沢登りの公園利用を封じる撤去勧告には従う余地はありません。
●ザイルの固定やステップ用のアンカーボルトの設置は多くの利用者から支持を受けています。
●従来通り、渓谷の安全な登攀を確保するため、アンカーボルトの交換と点検を継続していきます。
●入渓するクライマーは、残地ハーケンやアンカーボルト、鎖やザイルの緩みを確認し安全に利用されたい。
●北秋田市がこの様な思考停止による不作為を続けるのであれば、知事の権限に属する委任事務は即刻返上すべきであろう。速やかな撤去勧告の白紙撤回を求めるものである。

<最後に>
 日本にロッククライミングが紹介されて半世紀余りが経ち、全国の渓谷渓流、瑞牆山、谷川岳、剱岳、槍ヶ岳、穂高連峰、北岳等々でクライミング文化が育まれてきた。歴史的に滑落死亡事故が世界一多い群馬県の谷川岳一帯は、県条例で登攀装備や用具の携帯を義務付け、チェックを受けなければ入山ができない。という指導体制を敷き、多くのクライマーと登山客を迎え入れている。
 翻って秋田県と北秋田市の「井の中の蛙」的認識不足による、全国で初めて命を守る登攀用具の設置を一方的に否定した恥をさらすような前例は、日本のクライミング文化を否定したことに等しい。県と市のど素人職員同士が条例解釈した結果がこの様である。県自然保護課には速やかにテレビ報道された内容の訂正を要求するものである。北秋田市長名による登攀用具の撤去勧告は「沢歩き、沢登りの利用者は森吉山県立自然公園に入るな」、「自然番組の収録は止めろ」と言っていることに等しい行政処分である。公に恥をさらす前に即刻白紙撤回すべきであろう。
 行政担当者には、様々な県民の訴えに対処できる経験値をもって、正確な情報を入手した法令解釈と運用の咀嚼ができる自然保護行政を求めたい。

(2017.8.30)